塩狩峠 (新潮文庫)のレビュー
”本に何を求めるのか”
”本に何を求めるのか”
自身のその問いを鏡のように映し出してしまう小説。
私はキリスト教徒ではないが、同じ信仰者として非常に共感できた。
またキリストが”神”として尊敬されるゆえんを、改めて教えてもらった。
そういう意味でも、キリスト教のあり方、信仰というものについて、非常にわかりやすく導かれる本ともいえる。
私自身、キリスト教を学んで感じることは、”キリストの最後の姿に神をみた”からこそ、人々は神の実在を信じ、また、自身のあり方が根底から揺さぶられ、自己変革してゆけたのだということ。
そう思うとき、「その信仰をたもつ人の人格・振る舞いによって、信仰の真偽は確かめられる」と強く思う。
このように考えるとき、この小説は、”人はいかに生きるべきか”という問いを持っていなければ、偏狭な内容に写ってしまうものと思われる。
問われるのは、読み手の人生観。
事実に基づいた小説であるということがまた大事なこと。
”こういう人がいた”というような感をもって読まなければ、意味をなさない。
強く人生を生き抜いていくということ、正しさを求め、皆の幸福を願う心を強くもつ人生が、いかなるものかを力強く現している。
それが、読後の強烈なまでの感動となっているのではないだろうか。
まぎれもない名作であると感じる。
単に悲恋の物語ではない。
主人公が個として本当に幸せだったのか?などと問いかけるのは愚かだ。
そのうえで、ラスト、ふじ子の姿に、人間としてのありのままの感情がある。
それでいいと思う。だからこそ崇高な人生なのだと。
自身のその問いを鏡のように映し出してしまう小説。
私はキリスト教徒ではないが、同じ信仰者として非常に共感できた。
またキリストが”神”として尊敬されるゆえんを、改めて教えてもらった。
そういう意味でも、キリスト教のあり方、信仰というものについて、非常にわかりやすく導かれる本ともいえる。
私自身、キリスト教を学んで感じることは、”キリストの最後の姿に神をみた”からこそ、人々は神の実在を信じ、また、自身のあり方が根底から揺さぶられ、自己変革してゆけたのだということ。
そう思うとき、「その信仰をたもつ人の人格・振る舞いによって、信仰の真偽は確かめられる」と強く思う。
このように考えるとき、この小説は、”人はいかに生きるべきか”という問いを持っていなければ、偏狭な内容に写ってしまうものと思われる。
問われるのは、読み手の人生観。
事実に基づいた小説であるということがまた大事なこと。
”こういう人がいた”というような感をもって読まなければ、意味をなさない。
強く人生を生き抜いていくということ、正しさを求め、皆の幸福を願う心を強くもつ人生が、いかなるものかを力強く現している。
それが、読後の強烈なまでの感動となっているのではないだろうか。
まぎれもない名作であると感じる。
単に悲恋の物語ではない。
主人公が個として本当に幸せだったのか?などと問いかけるのは愚かだ。
そのうえで、ラスト、ふじ子の姿に、人間としてのありのままの感情がある。
それでいいと思う。だからこそ崇高な人生なのだと。
小説形式の聖書です。
この小説は実際に起きた鉄道事故が下地となっている。それも、自らの命を捨てて他者を助けたクリスチャンの話だが、その信仰に目覚める道程は作者自らの体験が生きている。
そして、その文章が非常にやさしく、初めの導入部など、「うまいなあ」と言わせしめるものがある。
他者のために自らの命を捨てる。それも、とっさの判断でのことだが、これは平常からそれなりの考えと行動が積み重ねられているからできることである。「あとがき」に作品のモデルとなった長野政男という人物の日常が紹介されているが、本当にそこまで他者のために自己を犠牲にしていたのかと驚く姿があった。
むしろ、小説よりも、事実が記された「あとがき」の方が記憶に残るほど。
普段、聖書とは無縁の生活だが、この作品に出てくる聖書の言葉、なかなか重みがありました。
そして、その文章が非常にやさしく、初めの導入部など、「うまいなあ」と言わせしめるものがある。
他者のために自らの命を捨てる。それも、とっさの判断でのことだが、これは平常からそれなりの考えと行動が積み重ねられているからできることである。「あとがき」に作品のモデルとなった長野政男という人物の日常が紹介されているが、本当にそこまで他者のために自己を犠牲にしていたのかと驚く姿があった。
むしろ、小説よりも、事実が記された「あとがき」の方が記憶に残るほど。
普段、聖書とは無縁の生活だが、この作品に出てくる聖書の言葉、なかなか重みがありました。
読みやすい、入りやすい
心の柔軟な学生時代に、ぜひ手に取りたい一冊だと思う。とても読みやすく、話の内容にも入りやすいので、時代を経た小説だけれど、いまだ色あせることが無い。
しかし最近は映画化などの大々的な宣伝でもない限り、この手の地味な表紙の古典作品は、学生から黙殺されている。読んで、終われば楽しみは終わり、あとには何も残らないエンターテイメントものは相変わらず人気だが、深い哲学的メッセージが隠されている本は、埋もれてしまって手に取られない。
誰か知った人がこの本を手渡すだけでも違う。この本に出会えれば、きっと他人との関わり合いに、大なり小なり影響があるのではないだろうか。そう思わせてくれるくらい、この小説に書かれた心の逡巡は、人として生きる上での大切な何の的を射ている。
確かに、物語全体にキリスト教というテーマは大きくかかっているが、この小説を読むうえでは信者であろうがなかろうがそんなことは関係が無い。それはこの小説が、誰もが感じたことのある、人と生きるとはどういうことか、本当の善人とは何か、どうして人を陥れようとする人がいるのか…そんな人間世界への戸惑いに、そっとやさしく寄り添う小説だからだ。
この小説を手にとれば、日常の友情関係、家族関係、恋愛関係も、きっと少し色を変えて見える。とっつきにくいかもしれないけれど、たまには、エンターテイメント小説ではなく、じっとその場に佇んで考えたくなるような、重く、美しく、あとを引く小説を読むのもいい。
しかし最近は映画化などの大々的な宣伝でもない限り、この手の地味な表紙の古典作品は、学生から黙殺されている。読んで、終われば楽しみは終わり、あとには何も残らないエンターテイメントものは相変わらず人気だが、深い哲学的メッセージが隠されている本は、埋もれてしまって手に取られない。
誰か知った人がこの本を手渡すだけでも違う。この本に出会えれば、きっと他人との関わり合いに、大なり小なり影響があるのではないだろうか。そう思わせてくれるくらい、この小説に書かれた心の逡巡は、人として生きる上での大切な何の的を射ている。
確かに、物語全体にキリスト教というテーマは大きくかかっているが、この小説を読むうえでは信者であろうがなかろうがそんなことは関係が無い。それはこの小説が、誰もが感じたことのある、人と生きるとはどういうことか、本当の善人とは何か、どうして人を陥れようとする人がいるのか…そんな人間世界への戸惑いに、そっとやさしく寄り添う小説だからだ。
この小説を手にとれば、日常の友情関係、家族関係、恋愛関係も、きっと少し色を変えて見える。とっつきにくいかもしれないけれど、たまには、エンターテイメント小説ではなく、じっとその場に佇んで考えたくなるような、重く、美しく、あとを引く小説を読むのもいい。
人生に迷っている人に読んでもらいたい
初めてこの作品に出会ったのは実は映画でした。幼かったしその時はよく分からなかったけど、高校生になって本を読み心が震えました。実話だという事で私が婚約者の立場ならどうするだろう・・・。とか色々考えさせられました。私もクリスチャンですが 咄嗟にあんな決断が出来るだろうか?自分の生き方に迷っている人には何か生きるヒントが与えられるんじゃないでしょうか。
[PR]嵐 アルバム 8月4日

「これをよむとキリスト教の考え方が分かります」
と言って、
この本を進めて下さいました。
それから10年、
久しぶりに本を読む余裕が出来て読みました。
この作品の根底には、同じ著者の「氷点」と同様、
人間は生まれながらにして悪に走る傾向性をもつ、
という考え方があると思いました。
主人公信夫はキリスト教を信じており。
同じ職場の三堀に対する自分の気遣いが、
偽善や自分勝手な思い上がりからくるものに過ぎないのか、
自らに問いかけ続けます。
一方三堀は、信夫が最後に自らの命を犠牲にして人を助けて初めて、
信夫を信じることができた、
という何とも悲しく、人によっては重たい結末と思われるかもしれません。
私は、信夫が自分の内面と向き合い、自分と対話して、
キリスト教の隣人愛を実践し、
のぶ子という女性を一途に愛する心に好感が持てました。
内省的な人や哲学や宗教が好きな人に特にお勧めです。